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世界遺産-サンクト・ペテルブルグ歴史地区と関連建造物群
Historic Centre of St. Petersburg and Related Groups of Monuments
登録年−1990年
登録区分−文化遺産
位置−ロシア |
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概要
サンクトペテルブルクは連邦市としてロシア連邦を構成する89連邦構成主体のひとつ。
人口は約470万人で、モスクワにつぐロシア第2の都市。
エルミタージュ美術館、ネフスキー修道院等の歴史地区が1990年に世界遺産に登録された。

<概略>
ピョートル大帝
サンクトペテルブルクはピョートル大帝によって1703年に帝政ロシアの首都として築かれた。
ピョートル大帝(ラテン語でペテロ)が自分と同名の聖人ペテロにちなんで、サンクト・ペテルブルグ(聖ペテロの町)と名づけたのが街の名称の由来。
農奴
数万人の農奴が動員され、過酷な作業により多くの建設作業員が亡くなった。
「人間の骨の上に建てられた」ともいわれるほど多くの犠牲者を出した。
ヨーロッパから技術者を招き、作られたこの計画都市は、建設が進むにつれて、
ロシアが西欧に開いたの窓として重要な都市となった。
文学
『青銅の騎士』の詩人で作家のプーシキン、作家ニコライ・ゴーゴリ、『罪と罰』の作家ドストエフスキーなどがこの地を舞台にした作品を発表した。
美術
帝政ロシア時代の首都として繁栄したサンクトペテルブルクは歴代皇帝によって集められた膨大な美術コレクションで世界的に有名なエルミタージュ美術館、旧参謀本部などバロック建築の華麗な建築物が立ち並ぶ、ロシアで最も美しい街と称えられる。
ソ連
ぺテルブルグの労働者たちが、1917年3月、大規模な暴動を起こしました。
これをきっかけに帝政ロシア、ロマノフ王朝は倒れ、史上初の社会主義国となった(ロシア革命)。その中心はレーニンであったためソ連時代は彼の名にちなみレニングラードと呼ばれた。
プーチン
ロシア革命以来初めてペテルブルク出身者,ウラジミール・プーチンがロシアのトップにたった。プーチン大統領は2003年に建都300周年祭で世界40カ国の首脳や各国有力者、王族を集めて盛大な行事を開催した。 |
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